蔵の街とちぎ 大毘盧遮那殿 満福寺(満福密寺)

  • 満福寺 境内
  • 満福寺 護摩法要
  • 満福寺 本堂
  • ありがたや 如来大悲の恩徳を 祈る心に 福 満つる寺
  • 満福寺 大師堂
  • 満福寺 大師堂内陣

満福密寺満福寺(通称))について

満福密寺(満福寺)は栃木県栃木市にある真言宗のお寺です。
真言宗(=密教)の故に密の字を入れて満福密寺と称します。
弘長2年の開創、750年の歴史を刻み、ご本尊は大日如来です。
清貧孤高の画家 田中一村や、明治期の自由民権家 杉浦吉副の墓所があります。

当山の御朱印

満福寺 御朱印当山では御朱印をお授けしております。ご希望の方は、「満福寺の御朱印について」をご確認の上ご来山ください。

御朱印の受付時間、御朱印をいただく際の留意事項についてご案内しています。

きょう彼岸
 菩提の種を まく日かな
春のお彼岸です。寒く厳しい冬に耐えて、野に山にまた新しい息吹きが萌え、都会も春の装いではなやぐなか、卒業・進学、退職・就職、年度末・年度始めという別れと出会い・終りと始りのリセットのこの春。そこで、あらためてご先祖への感謝と報告のお墓参りを済ませ、春の陽気を浴びながら心安らぎたい三月。
しかし、どういうわけか、ここのところ三月というと、ただならぬ自然災害や大きな事件が起きるようになりました。そう、先日の十一日は東日本大震災、あれからもう十四年。どこからともなく、私の大好きな震災復興の歌「しあわせ運べるように」と大きらいな「花は咲く」が聞こえてきました。犠牲者・行方不明者、そして数えきれない被災者のことを思うと、何度手を合わせても足りません。一方で、フクシマに目をやれば、首都東京を含む東日本全体を放射能汚染で壊滅しかねなかった東京電力と、フクシマに大量に仮置きされている汚染土を引き取ってくれない全国都道府県への腹立たしさはいまだに収まらず、これでもなお原子力発電に見切りが付けられない政治への不信感はつのるばかり。そればかりか、復興に手間取っている能登半島を見るにつけ、依然として学校の体育館はじめ人間が暮すためにできていない公共施設などに依存し、被災者に短期・長期、人間らしく快適で温もりのある避難生活をしていただける、被災者に寄り添った避難施設がないことにため息をつき、この国はいざという時国民を人間らしく保護しない、人間の血が通っていない行政の国家なのだと思うほかありません。
きょうは春彼岸のお中日の三月二十日。あれから三十年、忘れもしない地下鉄サリン事件が起った日です。当時経営をしていた私立幼稚園の卒園式の日でした。午前中の卒園式と昼からの謝恩会を無事に終えて帰宅し、ホッとひと息の安堵のなか何気なくテレビをつけたところ、画面いっぱいに都心部での異様な光景が目に飛び込んできました、東京の都心で何がいったい起きたのか、そのおおよそが飲み込めるまで時間はかかりませんでしたが、わかったことは地下鉄で猛毒の液体かガスがまかれ、多くの人がそれにまきこまれて倒れ、前代未聞のテロ事件が起きたらしいことでした。正確な原因はまだ確認できず、各局とも事件現場から異常事態を伝える特別番組と化していました。今の上皇陛下が天皇になられて七年目の平成七年三月二十日でした。
それからの経過は逐一メディアで報道されましたので国民のよく知るところですが、事件を起したオウム真理教幹部は次々と逮捕され、同年五月十六日には、富士山麓の教団施設で教祖麻原彰晃が逮捕され、主な幹部は裁判で死刑の判決を受け、時を経て黄泉の世界へ旅立ちました。なぜ有為の青年があのような行動にはまったのか今でも明快に説き明かせる人はいないのですが、今、三十年という時間が過ぎて、宗教の世界に身を置く者としては、少しは顧みる必要があると思っています。
まず最初に思うことは、人間の心のどこかに日常的な生活感覚やモノの考え方や価値基準ではない「非日常」「アブノーマル」「異次元」の世界にはまったり、それが昂じて「狂気」に発展し、常軌を逸した「狂気」にひたると「狂気」が正常となり、それを正当化する深層心理が眠っているということ。幼児虐待・今流行の強盗殺人・オレオレ詐欺・SNSの誹謗中傷、強権国家の独裁者、戦争、旧日本軍部、例をあげれば個人的レベルの反社から国家レベルの戦争まで「狂気」の例には事欠きません。ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)を行ったヒットラーがその典型ですが、この「狂気」、通常の考え方や法律では止められないばかりか、暴走すると反社会的な事件・事故に発展し大きな犠牲につながります。
次に思うことは、私にとっても大きな問題なのですが、麻原彰晃がどこで学び、誰に教えを受けたのかわかりませんが、かなりよくわかっていたと思われるチベット仏教やヨーガや後期密教。これら人間の心に平安な安らぎをもたらすはずの仏教やヨーガが、国家転覆・オウム独裁の国家・麻原法王という悪夢にどのようにして転じたのか。麻原自身の「知」の変節だったのか、誰かにささやかれたのか、何人かの著名な著述家や宗教学者がとりざたされたこともありましたが、麻原の心の内は法廷などでは明かすことができない事件の核心部分です。
もう一つ思うことは、マインドコントロールの問題。今もって後継団体に参加している若者が絶えません。先にふれた「狂気」と同じく、彼らは自分たちが精神世界でのマインドコントロールにかかっているとは思っていません。自分たちは全く正気だと思っているはずです。マインドコントロールとは、広い意味で言えば、私たちの日常の社会規範・倫理道徳、法律・宗教、集団心理・付和雷同もそうで、善良な面では芸能人やスポーツ選手のファン心理や神仏の信仰も一種のマインドコントロールです。私が今言おうとしているマインドコントロールは宗教信仰が介在するもので、これが昂じると「狂信」になります。「折伏」に狂奔した時期の創価学会がそれに似ていました。人間が「狂信」の状態になると、顔は引きつり目が鋭くなり言動や性格が攻撃的になります。そこまでではなくても、去年世間を騒がせた統一教会もかなりのマインドコントロール教団です。
問題は、若い時にかかえるさまざまな精神的・物質的あるいは身体的な問題、場合によっては生きていく意味が問われるような深層の問題。そしてそれを自力で解決処理できる方法や能力の有無、あるいは精神的な拠り所の有無の問題。私はこれを物質的な豊かさのなかで起る精神の混乱とみていて、戦後まもない頃、私たちが子供の頃、そして思春期の時代、あの貧しい「三畳一間の小さな下宿」の時代に、青春期の若者がヨーガ道場になど通う時間的金銭的余裕などありませんでした。青春時代は青春時代なりに、未熟もあれば、迷いもあれば、悩みもあれば、苦しさもありました。その解決を自分以外のものに探しても、そんな便利なものも場所もなく、自分で解決するほかありませんでした。そんなことよりも、早く親から自立したくて、アルバイトをいくつもこなし、親からの仕送りから卒業したもので、大学を卒業する頃にはみんな自立していましたし、結婚するにしても夫婦共稼ぎなど、夢にも思いませんでした。みんな生きることに前向きで、マインドコントロールの世界にはまるような時代ではありませんでした。モノで栄えてココロが滅ぶと言われてすでに久しく、今や日本は経済大国の座からすべり落ちていますが、物質的な豊かさは子供たちの育ちに大きな影を落としたのは事実で、マインドコントロールの狭く閉鎖された世界にはまった人は、早くきちんとした逆マインドコントロールの心理療法を受けるようお勧めします。


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